民法
契約
損害賠償

法学部 政治学科

谷本 陽一准教授

Youichi Tanimoto

より実践的かつ柔軟な法へ若き気鋭の民法学者

「民法」は、私たちの日常生活や社会活動と密接なつながりをもち、何かトラブルが起こった際に必ず関係してくる最も基本的なルールを定めた法律です。谷本准教授はこの民法の研究において精緻な論文を精力的に発表し続ける若き気鋭として注目を集めています。

約120年ぶりに民法を抜本改正
2017年5月、民法(債権法など)を抜本的に改正する法律が、国会で成立しました(2020年頃施行されます)。

そもそも民法(財産法)は、1896(明治29)年に制定されたのち、約120年間にわたって大規模な変更のないまま、判例を積み重ねて対応してきたという歴史があります。そのため、大きく変化した社会・経済への対応を図り、国民一般にも分かりやすい民法をめざすことなどが改正の目的とされています。

例えば、金銭の支払や返済を請求できる期間(消滅時効)や法定利率など、改正は多岐に渡ります。しかし、ビジネスや暮らしに与える影響も大きいだけに、谷本准教授は「当初の目標からは少し後退した感がありながらも、これまでの判例を反映させ、わかりやすくなった条文も多い点は評価できる」といいます。

また、これまでの伝統的な契約責任論を現代的なものへと再構成した点についても、学界の長年にわたる研究の蓄積を反映しており、「穏当な改正という感がある」と語ります。

履行期前の履行拒絶に関する研究蓄積
例えば、売る契約をしたにもかかわらず、売り主が目的物を渡さないといい出したり、買い主が代金を支払わないと宣言するなど、契約相手が「履行期(期日)になっても履行しない」と宣言した場合、契約当事者はいったいどうすることができるでしょうか。

こうした状況を「履行期前の履行拒絶」と呼びますが、従来の民法では、履行期がきて債務不履行(契約上の義務を果たさないこと)が現実化するまで、被害者は契約にしばられたまま不安的な立場(契約危殆といいます)に据え置かれるのが問題となっていました。

谷本准教授は、10年以上前からこの問題に取り組み、より実用的な法体系を築く英米法との比較研究や、危殆状態の解消を目指す「適切な保証を求める権利(right to demand adequate assurance)」についての精緻な論考を発表してきました。

改正民法においては、こうした近年の学説の流れを汲み、履行拒絶に対する解除が明文化されました。しかし、危殆状態についての議論はいまだ不十分で、今後も議論を積み重ねる必要があると谷本准教授は考えています。

東日本大震災津波訴訟が提起すること
谷本准教授の近年の研究課題の中で、もう一つ注目すべきことを挙げるならば、東日本大震災の津波訴訟についての考察でしょう。

東日本大震災では、後続した津波による多くの死者・行方不明者が出ました。中には、津波を本来避けられたにもかかわらず、避難行動を主導した人の不適切な指示により、生命や身体を侵害されたケースがあり、遺族らが複数の損害賠償訴訟を起こしています。

例えば、ある幼稚園では、いったん園児らを高台にある園庭に避難させたにもかかわらず、園長の指示で送迎バスを海の近くに向かわせたために、園児がバスごと津波に巻き込まれました。また、別の保育園では、町の災害対策本部から「現状待機」の指示を受け、園庭にとどまり続けたことが大きな被害につながりました。

これらの裁判においては、避難行動を主導した人が、津波警報等の情報収集が十分でないままに指示を行ったことに対する情報収集義務違反が問われたほか、日頃から避難訓練を適切に行っていたかなど、事前予防段階における行動も問われることになりました。

「他者を保護する義務」という行為規範
元来、自然災害は、自分の身は自分で守るという自己責任の原則が働く典型的場面とされてきました。しかし、谷本准教授は、一連の津波訴訟を題材にして損害賠償責任の判断構造を分析。とりわけ危険を予見したり回避したりする能力が未発達な子どもなどは教職員らに危険回避を依存しなければならないことから、避難行動を主導する人は「他者を保護する義務」を負うという非常時の行為規範を明らかにしています。

また、情報収集義務違反についても、すべてが損害賠償につながるわけではありませんが、少なくとも違反者にとって不利益に働くことを指摘。そのため、今後は災害発生時の情報収集の手続きをより明確化し、皆で共有する必要があると谷本准教授は考えています。これは、法に関わる人や、国・自治体の防災担当者のみならず、我々一人ひとりが「そのときどう動くか」を考える上でも大切なことを示唆しています。

Profile

法学部 政治学科
谷本 陽一

1980年生まれ。2011年早稲田大学大学院法学研究科民事法学専攻博士後期課程退学。早稲田大学法学学術院助手、白鴎大学法学部講師を経て、2014年より現職。主な論文に「災害応急対策における避難行動主導者の注意義務」(『早稲田民法学の現在』成文堂、2017年)、「契約危殆責任の起点としての履行期前の履行拒絶(一)〜(四・完)」(早稲田法研論集118〜120、122号、2006〜2007年)など多数。

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