民事訴訟審理
証拠・情報の収集手続
当事者照会

法学部 法律学科

酒井 博行教授

Hiroyuki Sakai

民事訴訟の審理を充実させるために現実にアプローチする法律学

法律を学び始めた人たちにとって「民事訴訟法」は〝難関〟と言われています。刑事訴訟に比べて、民事訴訟の手続はイメージしにくいというのがその最たる理由のようですが、実は民事訴訟法ほど私たちの日常生活と関係の深い法律は多くありません。民事訴訟法を通じて、現実の社会にアプローチするーー酒井先生の研究には、机上の解釈論にとどまらないダイナミックな面白さがあります。

最初は法律の世界になじめなかった
「最初は裁判官か検察官になりたかったんです。中学生・高校生のころにリクルート事件など汚職事件のニュースを見て、まあ素朴な正義感ですね。だから民事というのは、あまり考えてなくて、しかも、法学部に入った最初の頃は、初心を忘れて勉強を怠っていたため、法律の世界にもあまり馴染めませんでした」

そう笑う酒井先生の〝転機〟は、2年生の後期で受講した専門の基礎ゼミでした。
「法律そのものや法律に関する様々なことを統計や実態調査といった社会科学の手法で研究する『法社会学』を専門とする助手の先生のゼミだったんですが、とりわけ印象に残ったのは、法律学の世界では有名な『隣人訴訟』についての議論でした」

「隣人訴訟」(1983年)の原因となる事件が起きたのは1977年。A家とB家は隣人関係でしたが、あるときA家の親が子ども(Aちゃん)をB家に預けて買い物に出かけたところ、両家の子どもが外に遊びにいき、Aちゃんが溜池に入って、おぼれて亡くなってしまいます。その後、A家はB家を相手取って、損害賠償請求を求める民事訴訟を起こし、一審で勝訴したのですがーー。
「その結果がメディアで〝隣人の親切心に冷や水〟といったように報じられると、A家に抗議の電話や手紙が殺到し、結局、A家は訴訟を取り下げざるを得ませんでした。裁判を受ける権利は憲法で定められているのに、社会がそれを許さなかったわけです。このゼミが、法律と社会の関わりに興味をもったきっかけだったかもしれません」

当事者照会の仕組み

民事訴訟と社会との関係性に惹かれて
「数ある法律学の中でも民事訴訟を法社会学的に学びたい」という意欲が高まり始めた頃、ゼミの先生に民事訴訟の基礎として勧められた民事訴訟法を学んでいくにつれ、次第にその奥深さに目覚めていったといいます。
「民事訴訟法という法律の成り立ちや、具体的な民事訴訟を民事訴訟で解決しようとする際に生じてくる問題が、そのときどきのリアルな社会の動きを反映していることがよくわかって、そこが面白かったんですね」

その酒井先生が近年、研究テーマとしているのが「当事者主導の民事訴訟審理を実現するための基盤となる、証拠・情報の収集手続」です。その中でもここでは民事訴訟法163条に定められた「当事者照会」という制度に着目します。
当事者照会とは、「民事裁判の当事者が、相手方当事者に対し、裁判における自らの主張・立証のために必要な情報を、裁判所を介さずに書面で照会できる」とする制度です。この制度は以下のような場面で利用されます。
〈病院での手術中にある患者が亡くなったことを受けて、患者の遺族が病院を相手どって「医療過誤」による損害賠償を求める訴訟を起こした。遺族側は証人尋問の申請の準備のため、当事者照会により、病院側に対して当日手術に立ち会った看護師の氏名などの情報を求めた〉

なぜこのような制度があるのでしょうか。

「当事者照会」の活用で日本の裁判はどう変わるのか
当事者照会は、1926年に制定された旧民事訴訟法を全面改正した新法として1996年に現行の民事訴訟法が成立した際にできた制度です。その成立には、旧民事訴訟法成立時から大きく変化した社会の時代背景が影響しています。
「旧法における民事訴訟においては、当事者同士の力関係が対等ということが念頭に置かれていました。しかし時代が進んで、社会が複雑化していくと、当事者同士の力関係が対等でなく、事件に関する情報や証拠が当事者の一方に偏って存在するようなケースが増えてきました。例えば、公害は『一般人VS国や地方公共団体や企業』ですし、医療過誤なら『一般人VS病院の設置者(医療法人など)や医師』という構図になります。そうした中で、力関係の弱い当事者が裁判のために必要な情報を相手方から入手できるようこの制度が作られたのです」

当事者照会のメリットとして、訴訟の早い段階でお互いが事件に関する情報を多く得ることで、裁判における主張や証拠が充実し、結果的に裁判の進行が迅速に進む点もあげられます。一方で、この制度には大きな課題も残されています。
「相手方の当事者が照会を拒絶した場合の制裁規定がないのです。そのため情報提供を拒絶される可能性が高いと考えてそもそもこの制度を利用しなかったりすることもあり、現実の訴訟の場面ではなかなか利用が進んでいません」

こういった民事訴訟の審理を充実化・迅速化させる制度がもっと活用されるためには、どうすればいいのかーーそこを掘り下げていくのが酒井先生の研究です。

法律もまた社会とともに生きている
「実は当事者照会は、アメリカの民事訴訟法における『ディスカバリ(証拠・情報の開示手続)』の制度のひとつである質問書を参考にして作られたものですが、ディスカバリの場合は、質問書による情報開示を拒絶した場合には、強力な制裁があります」

日本でも当事者照会を新設する際に制裁規定が検討されました。しかし、導入には至りませんでした。なぜ制裁規定は導入されなかったのでしょうか。
「当事者照会には除外事項があって、例えば〝相手方を侮辱する〟ような照会には応じなくていいとされています。そのため、照会が拒絶された場合には、除外事項に該当する妥当な理由があるかを裁判所が審査する必要が生じます。権利義務が認められるか否かを判断する前の手続に関する問題の段階で紛争が増えることになるし、そもそも手続で制裁というのも日本にはそぐわないという消極的な意見が多く、制裁規定は導入されませんでした」

酒井先生は、アメリカのディスカバリとの比較などを通じて、当事者照会の現状を検討し、制裁規定などの導入で制度の実効性を高め、民事訴訟を充実化・迅速化をはかることを提言しています。
「民事訴訟が国民に使われないと社会正義は実現しづらい。紛争に巻き込まれても、立場の弱い人は泣き寝入りするしかなくなるからです。その意味で、裁判所を介さずとも、必要な情報を収集できる当事者照会のような制度は大事だと考えています」

法律もまた、社会とともに〝生きて〟いることがよくわかります。

受験生へメッセージ
学問に対しては、最近では色々なことが言われています。しかし、社会・文化・自然・技術などについて様々な方法を用いて多角的に深く検討し、かつ、世の中にたくさんある、自分が今まで知っていた考え方とは異なる考え方を理解することを学べるという点に、学問の世界に触れることの重要な意義があるのではないかと思います。特に受験生の皆さんは、学問の世界に身近に触れ、自分の視野や考え方を広げるための場に入るということも念頭に置いて、大学進学の目的や意義を考えてもらえるとありがたいです。

Profile

法学部 法律学科
酒井 博行

佐賀県佐賀市生まれ。高校卒業までの大部分は佐賀県(主に佐賀市)で育つ。2004年、九州大学大学院法学府博士後期課程を中退し、本学に着任。2019年、同志社大学より博士(法学)の学位を授与される。本学着任までの大部分を九州で過ごし、気候や文化等が大きく異なる北海道に来ました。特に受験生の皆さんには、自分が普段接しているものとは異なる場所や文化等に触れたり、色々な経験を積んだりして、広い視野を育んでいただければと思います。

お問い合わせ

Other Interview

  • →
  • ←