食文化
グローバリズム
フィールドワーク

人文学部 英米文化学科科

小松 かおり教授

Kaori komatsu

バナナを学べば、世界が見える盛り上がるバナナ研究「最前線」

世界で最も生産量が多い果物は何でしょうか? そう、答えは「バナナ」です。その生産量は年間約1億3000万トン。日本のスーパーでよく目にするのは「キャベンディッシュ」という一品種にほぼ限られますが、世界には100を超える種類のバナナがあり、人々との関わりも国や地域によって様々です。バナナを通して世界を眺めてみると、人類発展の軌跡がわかるーー実は盛り上がっている「バナナ研究」の最前線とは?

2016年ウガンダ・バナナの蒸し具合をチェック

アフリカでバナナに目覚める
北海道上川郡剣淵町で育った小松先生は、京都大学大学院で生態人類学を研究するなか、「南にあこがれて」沖縄を最初の〝調査地〟に選びました。沖縄の市場における豚肉をめぐる売り手と買い手の自由な売買交渉に興味を覚え、なんと精肉店に弟子入り。身体を張ったフィールドワークで「沖縄の市場の豚肉文化」に関する論文を書き上げました。
そんな小松先生がなぜバナナを研究テーマにするようになったのでしょうか。
「農業と食文化の調査のため、コンゴの村に約1年間滞在したんです。密林の中をボートで2日遡るような僻地で、電気や水道はなく、食べ物は塩以外ほとんど自給できる村でした。その村では、毎日の主食がバナナで、朝はバナナを茹でたり焼いたりしたものが出て、昼や夜は魚や肉を辛いソースで煮込んだものに、バナナを潰してダンゴにしたものが出ました。そのときはまだバナナを気に留めることや味の感想もなくて、ただただ『あぁ、バナナだなぁ』という感じだったんですけどね(笑)」

その後、アフリカ研究者仲間との会話の中で、同じアフリカでもタンザニアでは違ったバナナの作り方や食べ方をしていると知ったことで小松先生の関心が引かれていきます。
「バナナの起源地とされる東南アジアでは、主食はコメに変わっても、やっぱりバナナは大事に作られていて、料理用バナナや生食用バナナがひとつの地域でも必ず10種類以上あります。一方、アフリカではバナナを主食とする地域がまだまだあります。それなら、起源地からアフリカまでバナナと人間の関わり方を比べてみると面白いんじゃないか、と」

2017年パプアニューギニア・バナナ料理

人間とバナナが歩んだ歴史を求めて
小松先生が研究している「生態人類学」とはどういう学問なのでしょうか。
「ある土地に根ざした人間の生き方とか考え方を研究するという意味では、文化人類学の一部という見方もあります。ただ〝生態〟に着目すれば、人間がまわりにある自然環境ーー例えば米とかバナナとか、あるいは気候とかーーとの繋がりの中で生きていることを重視して、その〝生き様〟を考える学問といえるかもしれません」

突然変異で生まれた種のないバナナを人間が偶然見つけて株で増やしたのが食用バナナの起源です。自力では移動できないバナナが起源地から世界へと拡散していく過程には、必ず人間が関わっています。
「アフリカ中央部には紀元前にバナナが到着しています。株が海を渡り、世代を継ぎながら大陸を横断したんです。ポリネシアの島々に最初に移住した人たちも、カヌーにイモや鶏と一緒にバナナの株を乗せていました」

小松先生は、同じくバナナに興味をもつ研究仲間たちと、世界中に散らばった人間とバナナとの関わりを研究していく中で、世界各地のバナナのDNA解析を行い、どの地域でどういう種類のバナナが選ばれてきたのか、バナナの栽培史を〝復元〟することまで視野に入れています。
「起源地である東南アジア、例えばインドネシアの市場には、当たり前のように揚げバナナや焼きバナナの屋台があり、神話にもバナナが登場します。アフリカの熱帯雨林では、育ちやすい主食作物がなかったので人口密度は希薄だったのですが、この環境でも育つバナナが伝わってきたことで、人がたくさん住めるようになったんです。大事に管理された畑だけではなく、焼畑農業でほとんど放置状態の地域でも、バナナは環境に適応して生き延びてくれるんです」

2018年カメルーンのバナナ畑

モスクの祭壇に飾られたバナナ
こうした発見は、現地で地元の人と生活して初めてわかったことでもあります。
「インドネシアにマンダールという民族の人たちがいて、そこに初めて調査にいったとき、『2週間ぐらい村に泊めてほしい』と交渉したら、『断水中だからムリ』と最初は断られたんです。それでもお茶を飲みながら、雑談で1時間くらいバナナの話をしたら、『まあ、泊まっていけば?』。
バナナが栽培されている地域では、バナナ話で不思議なくらいフレンドリーになりますね」

調査の中では、目から鱗の体験もあったそうです。
「マンダールの人々のほとんどはムスリムなんですが、ある日、お祭りがあるというのでモスクを訪ねたら、中央に数メートルはある茎ごとバナナが飾ってあったんです。『神が降りてくる』という名前をもつ品種のバナナなのだそうですが、〝イスラム教は偶像崇拝禁止〟という思い込みがあったので、驚きました。でも考えてみれば、世界中どこでも、宗教はその地域に根差した信仰の形をとるんです」

1999インドネシア・買い集めたバナナ

「バナナ学」の可能性
19世紀末には、冷凍設備や交通の発達とともに、プランテーションと大企業の寡占によるバナナのグローバルな商品化が中南米で始まりました。味よりも「たくさん収穫できて」「運びやすい」品種であることが重要視された結果、今や世界で流通するバナナはほぼ「キャベンディッシュ種」一択となっています。
「自分たちで食べるために作っているバナナのいろんな味を試して欲しいですが、お金を出せば買えるようになればいい、とも思っていなくて。現地でこそぜひ、食べてみてほしいなと思います」

実は、グローバリズムの観点からも、小松先生たちの研究は大きな意義があります。
「一見するとグローバリズムの中に組み込まれてバナナを作っているように見える人たちが、実際にはどういう戦略で作っているのか、ということにも興味があります。例えば政府が食料を増産するために、バナナではなくて米を作れ、と要求してくることだってありえます。そういうときに、自分たちが食べるものを自分たちで選び、自分たちの方法で作ることーー『食料主権』といいますーーをどう守るのか。地域の人たちが政府や大企業に対して、『俺たちにとってバナナはこういうものだから、これを作り続けるんだ』という言葉を持つための手助けができればいいな、と思っています」

Profile

人文学部 英米文化学科科
小松 かおり

北海道上川郡東神楽町生まれ、剣淵町育ち。北海道大学文学部行動科学科卒業後、京都大学大学院理学研究科動物学専攻博士後期課程修了。京都大学博士(理学)。農と食を中心に、人と自然の関係の解明を目指して、沖縄、アフリカ、アジアなど世界各地でフィールドワーク中。栽培から食文化、更にはその先まで、文系と理系の垣根を越えた研究を目指しています。著書に『食と農のアフリカ史 -現代の基層に迫る』(共著・2016年・昭和堂)など。

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