リスク認知
リスクコミュニケーション
心理学
経営学部 経営情報学科
増地 あゆみ教授
Ayumi Masuchi
非合理的な人間のリスク認知の理解へ心理学だからできるアプローチ
原発や鉄道などの重大事故から、環境ホルモンや携帯電話の電磁波などの身近なものまで。私たちの回りには多くのリスクがありますが、その一方にはメリットもあり、社会はその受容の範囲や程度を判断することを迫られています。そこで行われている心理学的研究が「リスク認知と意思決定」です。
- 客観的なリスクと人間のリスク認知にズレ
- 増地教授は入学後の学部選択時に経済学部に進むつもりで大学へ入学しましたが、教養教育で経済学など様々な学問の初歩を学んだあと、文学部行動科学科へ。心理学の道に進みました。
「人は1円でも安いものがあればそちらを選ぶもの。そんな、経済学が前提とする合理的な人間観より、人間を非合理的な存在だと認めた上で、その認知について科学的に研究する心理学のほうに魅力を感じたのです」。
例えば、自動車よりも格段に事故率の低い飛行機を怖がる人の心理です。人間のリスク認知は客観的な情報とは矛盾することが多々あり、それは心理学的には、恐ろしさの程度と未知性(なじみの薄さ)の2つの因子に集約できることが明らかになっています。
逆に言えば、なじみがあって、あまり恐ろしく感じられない場合はリスクを低く見積もりがちになるということ。客観的には比較的安全なものをリスクと認知することもあり、社会には、こうした人間のリスク認知の面から研究すべきテーマが無数にあります。
- 環境ホルモンへの関心とリスク認知に相関
- そのひとつが「環境ホルモン」。生殖機能などへの影響が懸念されていますが、科学的に解明されていないことが多いのです。
そこで増地教授が2001年に行ったのが、環境ホルモンのリスクに対する認知と受容判断プロセスの構造を分析するための調査です。この調査は、予備調査の学生177名と、住民基本台帳から無作為抽出した札幌市民304名の計481名を対象に実施しました。
環境ホルモン問題に対する関心度やその影響、情報源に関する知識など、10項目を調査して結果を数値化し、分析しました。
特徴的だったのは、「自分自身のリスク」より「日本人全体のリスク」を、そして、「日本人全体のリスク」より「未来の世代のリスク」を高く認知する傾向が見られたことです。また、「環境ホルモンに対する関心は情報収集の頻度との関わりが大きく、関心の高さが直接リスク認知につながり、リスク認知の高さが対策実践につながることもわかりました。
- 女性や子どもがいる人は電磁波リスクに敏感
- 2011年にWHO(世界保健機関)の専門組織IARC(国際がん研究機関)が、携帯電話・スマホの長期使用により、発がんリスクを高める可能性があることを指摘しました。
その電磁波による発がん性リスクは、5段階評価の下から2つ目。コーヒーと同程度でした。とはいえ、携帯電話基地局設置に不安を感じる住民の反対運動があり、いわゆる電磁波過敏症注)を訴える人がいるのも事実です。
そこで増地教授は、このリスクをめぐって住民やユーザーとのコミュニケーションを模索する関係団体からの委託を受けて、2012年に全国調査を実施。その結果、5段階のリスク評価を認識していた人はほとんどいませんでした。一方で、電磁波リスクに対する認知と、健康への影響に対する認識や不安には高い相関関係が見られました。リスク認知は男性より女性が高く、小学校6年生以下の子どもがいるグループは、そうではないグループに比べて高いこともわかりました。
注)電磁波過敏症は医学的な診断としては認められておらず、WHO(世界保健機構)はその存在に科学的根拠はないと結論づけています。
- 生の声を聞いてマニュアル作りに
- 保健所や医師などの専門家がシックハウス症候群に関する市民からの相談や対応に用いるために2007年に作成された『シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル』。
2014-2015年度の改訂版では、増地教授が執筆陣に加わりました。研究者の間で、シックハウス症候群についての相談や対応には、化学物質などの物質面からだけでなく、リスク認知という心理学的アプローチも必要であることが認識されるようになったためです。
増地教授が行ったのは、大学生を対象にした予備調査と、札幌市民を対象にした個別インタビュー。対象数は12名と少ないながら、もともとアレルギー症状が出やすい人やシックハウス症候群と思われる症状を経験したことがある人は関連情報に関心が高く、自発的に情報を探し、対策まで含めて詳細に把握する傾向が見られることがわかりました。
「リスク認知の研究は、人間研究。テーマも、尽きることはありません」と増地教授。研究はこれからも続きます。
- Profile
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経営学部 経営情報学科
増地 あゆみ1971年生まれ。1998年北海道大学大学院文学研究科行動科学専攻博士後期課程修了。博士(行動科学・北海道大学)。2003年北海学園大学経営学部講師、2005年同助教授、2007年同准教授を経て、2009年より現職。研究テーマは「リスク認知と意思決定に関する心理学的研究」。主な論文に、"Experiential purchases and prosocial spending promote happiness by enhancing social relationships"(共著者:Yamaguchi, M. 他)The Journal of Positive Psychology, 11(5),480-488. 2016年 など。
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