ランダムレーザー
微細構造
共振器
レーザープロセス
工学部 電子情報工学科
藤原 英樹教授
Hideki Fujiwara
ランダムレーザーが照らす未来
レーザープリンターやレーザーポインター、医療用レーザーメス……私たちの生活には幅広く「レーザー」が浸透しています。1917年にアルバート・アインシュタインがレーザーの原理に重要な「誘導放出」という概念を提唱し、人類最初のレーザー発生装置が誕生したのは1960年のこと。それから60年が経ち、社会実装が進んだこの時代に求められるレーザーとは。
- 研究者としての人生を決めた鮮やかな「光」
- 「光に興味を持つようになったのは高校生時代です。ブルーバックスとか科学系の本を読むのが好きだったんですが、中でも『光速度不変の原理(光の速度は光源の速さによらず一定)』がどうにも不思議で、光の性質について理解したい、と思いました」
当時、光に関する研究グループが多かった大阪大学応用物理学科に進んだ藤原教授。専門を決めるにあたり当初は画像解析などの研究を行う研究室に進むことを考えていたそうです。そんなある日、光化学研究の第一人者である増原宏教授(大阪大学名誉教授)の研究室で見せられた「ある映像」が藤原教授の研究者としての〝運命〟を変えました。
「それが『微小球レーザー』でした。これは髪の毛の太さぐらいの直径の小さな球に色素分子を入れて、外部から光を当てると、光が球体内部で全反射を繰り返して、色素と相互作用して強く発光(レーザー発振)するという装置です。このときのレーザーの光が本当に鮮やかで、思わず『綺麗ですね』と言葉がこぼれたところに増原先生から『じゃ、君、これやりなさい』と言われて、人生が決まってしまったんです」
このときから「いかに光を閉じ込めるか」という藤原教授の研究が始まりました。
- 「光を閉じ込める」方法とは
- 「光を閉じ込める」とは、いったいどういうことでしょうか。
例えば、1粒の光が1個の分子とぶつかるときのことを考えてみましょう。光の波長は約1マイクロ(10のマイナス6乗)メートル、対して分子1個の大きさはだいたい1ナノ(10のマイナス9乗)メートルだとすると――。
「分子の大きさは光の波長の約1000分の1、面積比にすれば100万分の1です。つまり、1個の分子が1粒の光と遭遇する確率は極めて小さく、ほとんどがすり抜けてしまいます。効率的に光を利用し、分子と反応させるためには、光を『どう』閉じ込めるかを考える必要があるわけです」
その方法のひとつが、向かいあった2つの鏡からなる装置を使った方法です。
「『共振器』と呼ばれる装置です。2つの鏡の間で光が反射して何度も行き来すれば、時間が経つほど光と分子がぶつかる確率は上がる。これが『時間的に光を閉じ込める』考え方です。ただ家にあるような普通の金属鏡の反射率は9割ぐらいなので、2回反射させれば、0・9×0・9=0・81で反射率は8割に落ちる。反射の回数が増えるほどに急激に光が減衰していくので、長く光を閉じ込めることはできません。一方で、光が行き来する空間が狭くなれば、光と分子が出会う確率も上がります。普通のレーザーの共振器はセンチメートル単位の大きさですが、これを光の波長程度まで小さくすれば、分子が光をつかまえやすくなる。これが『空間的に光を閉じ込める』考え方です。つまり、小さな空間に長く光を閉じ込めることができれば、光と分子を効率的に作用させることができ、必要とするエネルギーの無駄を省くことができます。このような考え方は、効率良くレーザー発振を誘起するための重要な概念となります」
- 簡単な方法でレーザーをつくる
- 光を効率よく閉じ込めるには、共振器の素材や内部構造が重要です。
「効率よく光を閉じ込める構造として、『フォトニック結晶』という屈折率が光の波長オーダーで規則的に変化する人工的な光ナノ構造が挙げられます。ただ、これを作るには高価で大型な精密作製装置が必要となってしまい、時間的にもとてもコストがかかるんです。僕は、もう少し簡単で安価に作れるユニークなレーザーをつくりたかったんです」
そこで藤原教授が着目したのが、1994年にLawandyらにより報告された「ランダムレーザー」でした。酸化チタンの微粒子を分散した色素メタノール溶液に光を当てると、光が微粒子に散乱(多重散乱)されることで光の閉じ込めが起き、不規則な構造でもレーザー光(=ランダムレーザー)を生み出すことができる現象です。
「レーザーポインターのような普通のレーザーは輝度の高い単色の光が一方向に進みますが、ランダムレーザーは、その輝度の高いほぼ単色の光がいろんな方向に放射されます。一言でいえば、レーザーポインターと蛍光灯、両方の特性をもつ光といえます」
- ランダムレーザーが照らす「未来」
- 藤原教授の研究のユニークな点は、そのランダムレーザーの〝作り方〟にあります。
「僕が注目したのは、ランダム構造、つまり〝乱雑な汚い構造〟です。例えば半導体の基板の表面を強いレーザー光で焼くと、半導体の表面が溶けたりして、ガサガサになります。このガサガサの凹凸は、光の通り道を多く含んでいるので、そこに光をあてると、やはり光の多重散乱が起きて、ランダムレーザーが生まれるのです」
前出のフォトニック結晶のように、計算で完璧にデザインする構造の場合、制御不能な〝乱雑さ〟はレーザー発振を妨げる要因になりますが、ランダムレーザーにおいては、むしろその乱雑さがプラスに働くともいえます。
「まさにそこが面白いんです。偶発性はありますが、低コストで作れて性能もそこそこいい。また、作り方次第である程度の乱雑さの制御も可能となります。定量的かつ緻密に結果を計算することはできませんが、メカニズムの定性的な推測はできますし、アイデア勝負で様々な形態のランダムレーザーを作れるので、いろいろな可能性が広がっています」
では、将来的にそのランダムレーザーはどのような場面で使われるのでしょうか。
「高強度の光を広範囲に照射できるので、例えば空港のセキュリティ検査などで使われるセンサーや、光を使った殺菌などの分野の光源としての応用が期待されています」
ランダムレーザーが照らす「未来」は、きっと明るいものになるはずです。
- Profile
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工学部 電子情報工学科
藤原 英樹島根県雲南市生まれ。北海道大学大学院工学研究科電子情報工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。微小球やナノ光ファイバ、金属ナノ構造、ランダム構造などの様々な微細構造を用いた光-物質間相互作用の解明やその応用を目指した研究を進めています。最近では特に、レーザー加工技術を駆使したナノ発光体作製やランダムレーザーの作製・実用化に関する研究を行なっています。"Localized ZnO Growth on a Gold Nanoantenna by Plasmon-Assisted Hydrothermal Synthesis", Nano. Lett. 20, 389-394 (2019)など論文多数。
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