
キリスト教思想史
近代ドイツ
キリスト教学
人文学部 英米文化学科
小柳 敦史准教授
KOYANAGI Atsushi
キリスト教学を学び、ヨーロッパ文化を知る
宗教に馴染みが薄い人が多いとされる日本ですが、宗教について学ぶことは人間や社会のあり方を考察することに繋がると小柳先生は話します。キリスト教から私たちは何を知ることができるでしょうか。

- 宗教とは、何かを信じるとはどういうことか
- 小柳先生が宗教に関心を持つようになったきっかけは、中学生の頃に話題になったオウム真理教の存在ではないかと振り返ります。オウム真理教は30年ほど前、東京の地下鉄で化学兵器サリンを散布し、多数の一般市民が被害に遭いました。オウム真理教はこの「地下鉄サリン事件」のほか、無差別テロや殺害を行い、社会に大きな衝撃を与えました。
「事件以前からオウム真理教のことはテレビでもよく放送されていて、ある意味では身近な存在でした。そうした団体があのような事件を起こしたことに大きなショックを受けました。当時、東京に住んでいたので、事件の被害者にもなり得たという怖さもありましたし、10年時代が違えば、自分が加害者となっていたかもしれないとも感じ、他人事とは思えませんでした。そうしたきっかけで、宗教や、何かを信じるということに関心を持つようになりました」
宗教に関する一般的な読み物を目にするうちに、人間に関する学問や、宗教に関する勉強をしたいと思うようになり、京都大学の文学部に入学しました。
「学問的に宗教と社会、歴史の関係を学べそうだったキリスト教学の研究室に入りました。その中で、今でも研究対象にしているエルンスト・トレルチに出会いました。キリスト教について批判的に考え抜いた彼の思想から、現代の日本に生きる私たちにとっても参考になるメッセージを受け取りたいと思っています」

【ベルリン・ヴィルマースドルフ火葬場】
(2026年2月撮影)
1922年5月に稼働したこの火葬場で、
翌年2月にエルンスト・トレルチの火葬が執り行われた。
- トレルチから宗教と社会の関係を教わる
- 「私は自覚的に何か特定の信仰を持っているわけではないこともあり、まず、宗教学に関心を持ちました。宗教学は客観的に宗教をとらえる学問です。しかし、宗教は客観的に外から見るだけではわからない面もあるのではないかと感じました。そこで、信仰に自覚的でありつつ、自分が信じる宗教について批判的に考察している議論を勉強したいと思い、トレルチの本を読みはじめました。
トレルチは100年ほど前のドイツに生きたプロテスタントのキリスト教神学者です。リベラルな神学者と言われます。キリスト教だけが絶対的に正しいという考え方を否定して、他の宗教も否定しないからです。トレルチが取り組んだ基本的なテーマは、キリスト教がヨーロッパの文化にどういう影響をもたらしたのか、そして、それをどう受け継いでいけばいいか、ということでした。キリスト教の歴史についてだけでなく、近代の文化や政治について非常にいろいろな知識があって、キリスト教を広い視野で考察しているところがトレルチの魅力です。トレルチが守るべきだとしているものは、人間を一人の人格として見るとか、自由が大切であるとか、私たちの社会の基礎になっているような考え方でもあるんです」

- 時代背景とキリスト教のあり方
- 「私のトレルチ研究の方法としては、本に書かれていることを解釈するために、トレルチがその本を書いた当時の社会状況や、誰に対する応答として文章を書いたのかといった、文章が書かれることになった文脈を重視しています。つまり、何を意識して、どういう問題があってこの本を書いたかということです。例えば、国家と教会の分離が大事だという議論があるとすれば、当時のドイツでは学校教育の中でキリスト教をどう扱うかという問題があった、という文脈と関連づけて読むことで、トレルチが言いたかったことがより明確になります。一番基本となる研究資料は全集としてまとめられたトレルチの著作ですが、関連分野であるドイツの歴史に関する資料や、トレルチが活動していた時代の出版物を読むことも、トレルチの思想が生み出された文脈を知るうえで大切な作業です。
トレルチの思想が生み出された文脈として、マックス・ヴェーバーという人物の存在は無視できません。一時は同じ建物に暮らし、互いの研究に刺激を受け、参考にしたり、自分の研究計画を変更したりしたほどの間柄です。二人の学問的交流の成果の一つとして、宗教団体の類型論があります。ヴェーバーは、生まれながらにメンバーとなっている人によって構成されるキリスト教徒の集団を教会型、自分で選択して入ったメンバーによって組織される信者の団体を分派型と区別し、それぞれの特徴を整理しました。トレルチはそこに神秘主義型という、集団を作ることにこだわらずに、個人の内面で神と繋がるというあり方を提示しました。この類型論はキリスト教についての分析から導き出されたものですが、他の宗教にも適用できる発想です」

- 「歴史から学ぶ」という言葉に希望を込めて
- 過去の過ちを繰り返さないように「歴史から学ぶ」という言葉が使われます。この言葉は、過去の過ちを繰り返さないための教訓として使われることが多いですが、未来への希望も含めてこの言葉を使いたいと小柳先生は語ります。
「よく私たち、人文学の研究者は「歴史から学ばなければいけない」と言います。歴史的にものを考えることは大切で、過去の過ちに学び、危機的な状況に陥らないよう努力すべきです。しかし、人間の営みは同じ条件が与えられたら必ず同じ結果になるという法則的なものではありません。状況が同じように見えても人間は新しいことができるし、厳しい境遇にあって勇気ある行動をした人たちの姿を歴史のなかに認めることもできます。私はトレルチからそういった歴史の見方も学んでいます。現在の社会を見ると、「第一次世界大戦が起こる前に似ているな」とか「ナチ党が政権をとった時にもこんなことがあったな」という暗い気持ちになることが多いですが、そうした過去に学びつつ、私たちは新しい未来を作っていけるという希望を持ち続けたいですね。
そのために人文学は重要な役割を果たせると信じています。私が留学の時にお世話になった先生が、「人文学と人文学研究者の役割は、難しい問題を単純化してわかりやすくすることではなく、人間に関する出来事はとても複雑で難しいということをわかりやすく伝えること」だと仰っていました。わかりやすいキャッチフレーズや、単純化した説明を信用してはいけないと。人文学研究に基づいた教育を通して、複雑で豊かな人間の営みを受け止め、繊細に読み解くことの大切さと楽しさを伝えていかなければいけないと思います」

【ベルリン・ドロテーエンシュタット墓地の
フィヒテとヘーゲルの墓】(2023年2月撮影)
1831年11月に死んだ哲学者ヘーゲルは
コレラ患者専用の墓地に葬られるはずだったが、
妻と友人たちの尽力により、生前の希望にしたがって
哲学者フィヒテの隣に埋葬(土葬)された。
- トレルチが生きた時代の宗教史研究・日本のキリスト教研究史へ派生
- 現在小柳先生は、トレルチの研究をメインとしながら、そこから派生した他2つの研究を進めています。一つはトレルチが生きた時代の宗教史的研究、もう一つは日本のキリスト教研究の歴史についての研究です。
「トレルチを研究していると、その周辺の歴史的状況自体もおもしろくて、研究対象を広げています。今、論文を書いているもののひとつがカレンダー、暦についてです。暦には宗教性や政治性が表れるので、キリスト教だけではなく、ドイツのナショナリズムや民族主義を表現するカレンダーなどを収集して検証しています。
それと、土葬や火葬といった埋葬方法の変化についても調べています。ヨーロッパ社会での埋葬方法は長らく土葬で、19世紀の終わり頃から火葬が始まります。トレルチはかなり早い時期に火葬されました。ここにも彼のリベラルな姿勢が現れています。カトリックは20世紀の中頃まで火葬が禁止でした。埋葬にまつわる考え方や規範がどのように変化したのかを調べています。
日本におけるキリスト教研究の歴史も興味深いものです。キリスト教の信仰を持たない人が大半の日本社会で、ドイツやアメリカに学んだ学者たちが日本でキリスト教に関する学問をどのように作り上げていったのかを調べています。その研究成果として、有賀鐵太郎という学者についての論文と資料をまとめた本を2025年に出版することができました。日本におけるキリスト教研究の歩みを振り返ることは、私自身が現在の日本でキリスト教研究に従事することの意味を考えることにもつながっています」

- Profile
-
人文学部 英米文化学科
小柳 敦史1981年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。沼津工業高等専門学校教養科助教、同講師、同准教授を経て、北海学園大学人文学部准教授。専門はキリスト教学、西洋思想史。主な著作に『トレルチにおける歴史と共同体』(単著、知泉書館、2015年)、『現代日本の大学と宗教』(分担執筆、法藏館、2020年)、『世界遺産とは何か―さまざまな「物語」を読み解く―』(分担執筆、マイナビ出版、2020年)、『真理の多形性―F・W・グラーフ博士の来日記念講演集―』(共訳、北海学園大学出版会、2020年)、『宗教と風紀』(共編著、岩波書店、2021年)、『有賀鐵太郎 大いなる学究の軌跡』(共編著、京都大学学術出版会、2025年)など。
2026/3/31公開
Other Interview
