
条件不利地域
サードセクター
森林政策
経済学部 地域経済学科
早尻 正宏教授
HAYAJIRI Masahiro
人口の減少と偏在、サードセクターの役割とは
農業、漁業、林業といった第一次産業の中で、最もイメージしづらいのが「林業」ではないでしょうか。しかし、林業は実は日々の生活に非常に密着しています。早尻先生は林業を切り口に、国土政策の再構築に挑みます。

- 第一次産業とその従事者に興味関心をもつ
- 本を読むのが好きで、ひとり黙々と研究をする学者にあこがれて北海道大学の教育学部に入学した早尻先生。当時ブームだった心理学の研究者か、学校の先生を職業に考えていましたが、北海道に来てから地方都市や農山漁村の疲弊ぶりが気になるようになります。
「あちこちバイクで道内を巡ってみて、折に触れて、そういった場所で暮らすことの意味について考えるようになりました。その中でも、農山漁村で働き暮らし続けるために何が必要かという話題に興味がわいてきました」
「大学院から農学研究科へ『理転』しました。進学して驚いたのは、農学部の学生の自然への関心の高さです。他方で、農林業といった生業への関心は薄かったように思います。自然そのものよりもそこで働いている人に関心をもっていた私は、珍しい存在だったかもしれません。
もともと、第一次産業にも興味がありました。祖父母が農家だったので。そこで卒論では、第一次産業の担い手問題、若い人が都市部から移住して農林漁業に従事するものの様々な理由で定着しない、ということについて書こうと思いました。指導教官の2人がそれぞれ農業と漁業に詳しい方だったので、誰もやっていないのであればと思い、林業を研究対象にしたというのが正直なところです」
論文を発表するうえで大切にしているのは、「誰にメッセージを送るか」だと語ります。論文の水準を落とさずに、専門外の人が読んでもわかるようなものを書くことは、大学院の師匠からの教えであり、「文理」の世界を行き来してきた早尻先生ならではの研究発信です。

- 原発事故の調査で転機、研究者としての軸が定まる
- 「山形大学農学部で教員をしていたときに、福島第一原子力発電所事故の調査に誘われました。それまで私は、どちらかといえば行き当たりばったりの節操なしで、大学人として生き抜くための羅針盤を持っていなかったのですが、この原発事故の調査に関わったことで研究の軸足が定まりました。
林業には森林組合という、森林所有者が出資・利用・運営する協同組合があります。当時、放射性物質に汚染された被災地から民間企業が去る中で、森林組合だけは地域に踏みとどまり、地域森林管理の最後の砦となっていました。組合員である森林所有者がその土地から離れない限り、森林組合もまた逃れることはできないからです。実際、森林組合は除染事業を請け負ったり、放射性物質に汚染された森林の賠償問題に対応したりするなど、原発事故からの復旧・復興に奔走していました。私は森林組合とは何かについて頭の中では理解しているつもりでしたが、福島に通い被災地の方々と交流する中で、協同組合としての森林組合の存在意義を初めて深く考えるようになったと思います。
経済主体としての協同組合は「サードセクター」に分類されます。現代社会の経済システムは政府、市場、そして三つ目の「社会」(=サードセクター)という三つのセクターで構成されているという見立てです。サードセクターを構成する協同組合やNPOなどは、公平性が第一義の政府や、営利を追求する場である市場には担えない事業を営んでいます。福島第一原子力発電所事故からの森林再生・林業再建・地域再興はサードセクターなくして不可能であり、この現場に接して以来、サードセクターに着目して国土政策の在り方を研究しています」

林業従事者に話を聞く(2018年9月)
- 地域再生のキーワードは「サードセクター」
- 森林組合をはじめとする協同組合が注目されるのは、大きな社会の変動が起きた時です。普段はなかなかその存在や必要性を意識する機会がありません。
「私のような、社会科学系の研究者が被災地にいても、即時的には何の役にも立ちません。実際、ご迷惑をおかけするだけだと思い、隣県にいるにもかかわらず、ずっと足を運びませんでした。福島の林業のことを調べてきてほしいという依頼を受けたとき、震災から2年が経とうとしていました。実際に現地に行くと、林業についての発信者がおらず『よくぞ来てくれた』と歓迎してもらいました。
それ以来、森林組合や林業に関わる様々な人々と交流するようになり、現在もライフワークとして公私の付き合いを続けています。この福島での経験をきっかけに、イギリスのサードセクターを訪ね歩いたり、スウェーデンの森林組合の実態調査を手掛けたりするようになりました。サードセクターは、国土政策を考えるうえでの鍵になる存在であるという認識を深めているところです」

メランスコグ森林組合の伐採現場で
林業機械オペレーターと組合職員と一緒に
(2024年6月、ヴェステロース)
- スウェーデンの森林組合
- 「サードセクターという概念がおもしろいのは、政府や市場の役割を照らし返すことができることでしょう。協同組合をはじめとするサードセクターは、政府や市場と緊張関係をもちながら事業展開しています。私の研究調査地の一つ、スウェーデンは協同組合とは何かを考えるうえで興味深い地です。
どの国にもいえますが、一人一人の森林経営面積はすごく小さいんです。ですので、木を売ろうとしても木材加工業者から買い叩かれます。そこで森林所有者らは集まって、個人ではなく団体で買い手と交渉しようとします。一人一人では弱いけれど、集まれば交渉力を高めることができる、買い手に足元をみられなくなる、それが森林組合の始まりです。第一次産業の振興が良好な国土の維持にとって不可欠であるとするならば、こうした第一次産業の経営を成り立たせる協同組合の原点を改めて知ることは有意義だと思います」

- 自分の生活と地続きの問題として考えて
- 「農山漁村に興味関心を持つ学生が少しでも増えてほしい。札幌周辺のことしか知らない学生が多いので、講義や地域研修などを通じて、自分が育ってきたところとは違う世界があること、その世界が実は自分の生活と地続きなのだと知ってもらいたい。一人でも多くの学生たちが、カルチャーショックのようなものを受けてくれたらと願っています。
北海学園大学には次代の北海道を担う多くの人たちが集います。本学に着任以来、私はその姿を本当に頼もしく思い、励まされてもきました。ともに学んだ学生たちが、北海道で働き暮らす人々を草の根でずっと支えてきたサードセクターへの理解を深めてくれたら、その中から一緒に研究し実践していく仲間が現れてくれたら、これ以上うれしいことはありません」

- Profile
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経済学部 地域経済学科
早尻 正宏1979年広島県生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士後期課程修了、博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、とっとり地域連携・総合研究センター(現・公立鳥取環境大学)研究員、山形大学農学部助教、同准教授、スウェーデン農科大学客員研究員などを経て現職。専門は林業経済学。著作に『福島に農林漁業をとり戻す』(共編著、みすず書房、2015年)、『地域の再生と多元的経済』(共編著、北海学園大学出版会、2021年)、『森林を活かす自治体戦略』(共著、日本林業調査会、2021年)、『森林政策と自治・分権』(共著、日本都市センター、2023年)など。
関連リンク
researchmap(科学技術振興機構)
みらいぶっく(河合塾)
『地域の再生と多元的経済』(北海学園大学出版会)
2026/3/31公開
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