子育てバーンアウト
完全主義
社会的ネットワーク

経営学部 経営情報学科

古谷 嘉一郎准教授

Kaichiro Furutani

子育てバーンアウトと社会心理学

「燃えつきる」ーースポーツや勉強などで余力を残さないほど全力を尽くしたという意味でよく使われる表現ですが、実は最近、「子育て」の場面でこの言葉がクローズアップされています。子育てに燃え尽きてしまう親をどうすれば救えるのか。古谷先生は「社会心理学」を武器にその難問に挑んでいます。

モテるために始めた学問がライフワークに・・・
「最初はモテるための秘訣を知りたかったんです」
社会心理学を志した〝きっかけ〟を尋ねると、古谷先生は笑いながら、こう答えました。そのココロを少し解説してもらうとーー。
「〝どうやったらモテるんだろう〟といったことを研究するにあたって最適なのは、社会心理学の恋愛関研究やコミュニケーション研究の分野だと思います。なかでも、自分の内面を話す「自己開示」はまさにそのテーマだと当時思ったんです。ただ、私が大学生のときには、この手の研究は〝もはや古典で、研究されつくされている〟と言われていたんです。そこで、インターネットが爆発的に普及する直前だった当時、『そうした新しいメディアは人間を幸せにするのか』というテーマが面白そうだな、と思ったんです」

インターネットの普及が始まったばかりの時期なだけに、研究手法も対象も〝手探り〟の状態でしたと、古谷先生は苦笑しながら振り返ります。

大学院での研究生活の中で、「〝師匠〟の先生が防犯意識についてのアンケート調査をするので、質問項目に『インターネットでの情報収集傾向』も入れてもらったんです。インターネットを使って、情報を自分で集めている人ほど防犯意識が高いのではないか、と考えたのですが、そのものズバリの結果が出た。これは気持ちよかったですね」

その後、古谷先生は「携帯電話の使用が子供に与える影響」などを研究し、「他者に対する信頼感(一般的信頼感)が高い子どもほど、携帯電話を使わない傾向がある」という興味深い知見も得ました。「一般的信頼感が高い人は、ものごとを見分ける能力が高いと言われています。つまり、他者に依存せず、物事を見分けているわけですから、過度に携帯に依存して情報収集する必要がないわけです」

人間の心を理解する糸口を示す学問
ところで「社会心理学」とは、どういう学問でしょうか。
「実は説明すればするほど、自分でもわからなくなっているのですが、今は『日々の生活における人間の心の動きや行動の背景にある法則性を見出し、人間の心を理解する糸口を示す学問』と説明しています」

「例えば、相手によって話し方を変えますよね。自分より立場が上の人には丁寧な言葉で、友達には砕けた言葉で・・・こういった、この状況では人はああふるまい、あの状況では人はこうふるまうといった法則を考えていくのが社会心理学です」

「ただ、おもしろいのは、こういった講義の後、『でも私は違います、どんな人にも同じように話します』って主張する学生さんがいます。そりゃそうなんです、人の生まれ育った背景、性格、更には遺伝子が違うのだから、そういったことは往々にしてあります。社会心理学は、個々人がどうかというわけではなく、人は基本的に・・・だよねということを示す学問なんです。だから、人によっては、なんかふわふわして気持ち悪いという人もいますね(笑)」

子育てで困ったことについて

「子育てバーンアウト」とは何か?
「携帯電話の使用が子供に与える影響」について調査する過程で、古谷先生は、「子どもにどこまで携帯を使わせていいのか」と悩む親たちの存在に注目するようになります。「ちょうど『ワンオペ育児』という言葉が出始めた頃で、正解のない子育てに悩んでいる人たちがたくさんいた。社会心理学では『子育て』というテーマは、ほとんど扱われてこなかったので、これは面白いかもしれない、と思いました」

その古谷先生が目下、取り組んでいるのが、乳幼児を養育中の親に起きる「心理的燃えつき(バーンアウト)」という現象についての研究です。
「子育てを頑張りすぎた親が、過度に疲労したり、ストレスで抑うつ状態になったり、無気力になったりしてしまうことを『子育てバーンアウト』と呼んでいて、日本中の親がどのくらいその状態に近づいているのかを測定しています」
古谷先生は海外の「子育てバーンアウト尺度」をもとに、その日本版を作成しました。「自分の子供の世話をするエネルギーが全くない」「親という仕事をこなせないと感じる」といった23の項目について、どれくらい当てはまるかを答えてもらい点数化するのです。
「中部大学で講師をしていた、大学院時代の後輩である川本大史君と一緒に翻訳し、その精度を確認しました。彼は、社会心理学だけでなく、認知心理学にも精通していて、母親と子どもの脳波を同時に測定できる数少ない人材でした。また、研究もともに進めていこうと話もしていました。しかし、この尺度の成果を論文化する直前に突然、亡くなってしまいました。だから僕にとってこの研究は弔い合戦なんです」

各国における親の燃え尽き症候群の有病率

子育てバーンアウトを理解し、予防するために
古谷先生の研究により、日本における子育てバーンアウトの現状やバーンアウトに陥りやすい人の傾向が明らかになっていきます。「日本人の親1500人を対象に行った調査では、56人が厳しいバーンアウト状態に陥っていました。また、『子育てにおいて少しでもミスがあったら、完全に失敗したのも同然』と考えてしまう完全主義的傾向が高い人は、バーンアウト傾向が高くなっています」

さらに「子育てバーンアウト」の国際間比較のデータも出そろいつつあります。
「例えば、アメリカやイギリスなど個人主義的傾向が強い欧米の国は、日本や中国など個人主義的傾向が弱いアジアの国よりもバーンアウト傾向が高くなっています」
この現状に対し、子育てバーンアウトを防ぐべく古谷先生は次のテーマに向かっています。

「いま考えているのは、子育て版『ヤフー知恵袋』のようなものです。例えば、夜泣きについて子育て経験者が自身の体験談やちょっとした解決方法などを書き込んだデータベースをつくる。夜泣きに悩んだ親がそれを読んで、『自分だけじゃないんだと共感したり、こんな方法があるんだ』と知るだけでも、一定の効果はあるはずです。過去にもそういった情報はSNSにあったのですが、マウンティングしているような書き込みをみて不快な思いを感じる人がいました。そういった内容をできるだけ減らしたものを作成する予定です」

亡き後輩の遺志を継ぎ、古谷先生の研究はさらに広がっていきます。

Profile

経営学部 経営情報学科
古谷 嘉一郎

三重県津市生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科生物圏共存科学専攻博士課程後期修了。博士(学術)。父親としての子育て経験から、養育者のメンタルヘルス悪化の原因究明やその悪化を改善するアイデアを研究中。子育て中の共同研究者と行う情報交換から新たな発想が生まれることも。『エピソードでわかる社会心理学: 恋愛関係・友人・家族関係から学ぶ』(2020、北樹出版)、『パーソナリティと個人差の心理学再入門』(2021、新曜社)など。

researchmap: https://researchmap.jp/kaichiro_furutani/

お問い合わせ

Other Interview

  • →
  • ←